発酵を訪ねる
くず餅は和菓子で唯一の発酵食品!
船橋屋が守り続ける伝統の製法とは?
2019/04/18
発酵を訪ねる
2019/04/18
江戸時代からある伝統的な和菓子「くず餅」。東京を中心とした関東地方のくず餅は、小麦粉のでんぷん質を発酵させて作る和菓子で唯一の発酵食品です。そんなくず餅の元祖といえば、東京・亀戸天神の隣に本店を構える「船橋屋」。1805年の創業以来、第二次世界大戦時の東京大空襲では店舗が全焼するなどの被害に見舞われながらも、伝統の製法で「庶民のための甘味」であるくず餅の味を守り続けています。
今回は、船橋屋の広報担当・篠原優奈(しのはら ゆうな)さんに、くず餅がどのように作られているのかについてお話を伺いました。
同じ「くず餅」という名前の和菓子でも、関東と関西とではまったく別物。おもに関西地方で作られている「葛餅」は、葛粉(※)に砂糖と水を加え、加熱してできた透明な餅にきな粉と黒蜜をかけた物ですが、関東で作られているくず餅は、小麦粉のでんぷん質を発酵させてできた白っぽい餅にきな粉と黒蜜をかけていただく物をいいます。
※葛粉…マメ科のつる性多年草である葛の根からでんぷんを精製した粉
「関東のくず餅の起源には諸説あります。弊社は、1805年創業。度々、亀戸天神に通っていた船橋屋の創業者(勘助)が、ここで甘味を出したら売れると見込み、地元の千葉で食べられていたおやつを『くず餅』として売り出しました。
当時、千葉では小麦の生産が盛んだったため、小麦農家では、小麦粉を水で練って蒸した物をおやつとして食べていたようです。小麦の生産地が、以前は「下総国葛飾郡(しもうさこく・かつしかぐん)」という地名だったため、葛飾郡の『葛(くず)』を取って、『葛餅』と呼ばれるようになったのではないかといわれています」
その後、関西の「葛餅」と分けるために、関東のそれは「くず餅」と表記されるようになったのだとか。同じ関東でも、別の店では「久寿餅」と表記されていることもあるくず餅は、江戸時代に庶民のあいだで親しまれ、長く受け継がれてきた和菓子なのです。
小麦粉のでんぷん質を発酵させて作るのが関東流のくず餅。篠原さん曰く「くず餅の製法が書かれた書物は船橋屋にもあったのかもしれませんが、東京大空襲のときに亀戸にあった蔵が全部焼けてしまい、資料がすべてなくなってしまった」ため、すべて口伝なのだそうです。
では、具体的にどのように作られているのでしょうか。
「岐阜県と沖縄県にでんぷん質を発酵させるための工場があるのですが、まずはそこから製造がスタートします。小麦粉を水で練って、くず餅に使うでんぷんを沈殿させます。その後、ヒノキの木を貼った貯蔵槽に沈殿したでんぷんと仕込み水を投入して、外気温のまま450日間、乳酸発酵させるんです。その木に棲みついている乳酸菌により、でんぷんの発酵が進みます」
通常、くず餅は1年ほどの発酵期間で作ることができるようですが、450日(!)という長い期間をかけるのは船橋屋ならではの製法なのだそう。しかし、くず餅づくりはこれだけで終わりません。発酵完了後、水をきった原料を本社の工場へ運び、酸味のある発酵臭を取り除くために水の入ったタンクで4~5回撹拌します。
その後、原料を湯でといてとろみをつかせたら型に流します。それを12分ほどで一気に蒸し上げ、50分ほど冷まして引き締めた後、食べやすいサイズにカットして、ようやく完成。
「庶民の味」として気軽にいただける和菓子ではありますが、きっと多くの人の想像以上に長い時間と手間暇がかかっているんですね。
「試行錯誤を繰り返した結果、450日で発酵させたくず餅が、歯ざわりや弾力性の面で一番良かったようです。これだけ時間をかけて作っているのですが、保存料無添加なので、おいしく召し上がっていただける期間はとても短いんです。でも、その潔さが『江戸の粋』なのかもしれませんね」
また、船橋屋のくず餅が不思議な台形にカットされているのには何か意味があるのかと尋ねたところ、「どうしてこの形になったのか、実はわからないんです」と篠原さん。きっと何かしら意味があってこの形になっているのだと思いますが、それが今となってはわからないというのも、また趣深いものがありますね。
発酵食品であるくず餅にとって最も重要なのが、小麦でんぷんの発酵を進める乳酸菌。船橋屋が大きな被害に見舞われた東京大空襲でも、原料だけは奇跡的に無事だったことから、この乳酸菌は現在まで受け継がれているそうです。さらに、近年ではくず餅にしかない植物性乳酸菌「くず餅乳酸菌®」も発見されました。
「昔から当たり前のようにある船橋屋の乳酸菌ですが、実際はどのようなものなのか、現在の8代目(渡辺雅司氏)になってから、医師や研究者に依頼して調べてもらったんです。その結果、くず餅にしかない乳酸菌が見つかり、その乳酸菌を『くず餅乳酸菌®』と名付けました。最近では、それを用いたサプリメントも発売しています」
おなかの調子を整えるなど、健康面で良い影響が期待できるということで注目を集めている植物性乳酸菌。くず餅からおいしく摂取できるなら、うれしいですね。
「くず餅は植物性の乳酸菌でできています。日本人が昔から摂取してきたものだから、日本人の体に合うのではないか、という視点での研究も進んでいるようです。ヘルシーという意味では、くず餅はカロリーが控えめなのもポイントなんですよ」
サプリメントの販売だけでなく、くず餅の原料を使用した「くず餅プリン」を看板メニューに、若い女性をターゲットにした別業態の「船橋屋こよみ」を展開するなど、今の時代に則して幅を広げている船橋屋。発酵が生んだ伝統の味を守りながら、その伝統が育む新たな可能性にチャレンジしているようです。「おいしくてヘルシー」なくず餅、ぜひ食べてみてください。